2008年03月14日

はじめに。

「みんなの"好き”にとりこまれて、自分の"好き"が消えてしまいそうだから怖かったんだろ?
今現在のきみが好きなものは、"自分で"見つけたからだ。
誰からでもない"自分で"見つけたものだからこそ、”好き”なんだ。
ほんとうは、それこそがもっとも大事なものなんだよ」




 はじめまして、ようこそおいで下さいました、鉄1と申します。
 このブログは、私が日々感じたいろいろなことを書いています。
自分の身の回りの事から、個人的な心の動き、あるいは政治まで、小さなものから大きなものまで幅広く取り扱ってます。

 それだけだとあまりにわけがわからない説明なので、もう少し補足すると、このブログは自分の文章を向上させるための場所でもあるし、私が自分の伝えたいことを伝えるために、必要としている場所、でもあります。

 このブログを読んでいらっしゃる方に、「なにか」が伝われば、幸いです。
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2007年03月21日

本屋さんで金儲けマンガがやけに売れてる現状を見て。〜花魁言葉に変換してみたでありんす。〜

時たま、大きくなるにつれて、世界がつまらなくなってありんすような、そんな錯覚に陥る事がありんす。

 小さいときは、遠足に行くのも楽しかった、といわすのはよくある書き方の文章だけれども、それはたぶん、わっちがどこか知りんせん場所を見る、といわすことが純粋に楽しかったからだと思う。

 世の中には知りんせん事がたくさんあって、それをしとつしとつ知っていくのがえらい面白かったぇ。そんな時代。今現在、わっちが、知りんせん知識を知ろうとする姿勢の中には、そんな子供衆の頃の「知りんせん世界を見たい」気持ちが原動力になってありんすのでありんしょうとわっちは思ってありんす。

 でも、年を取るにつれて、だんだんみなが予測可能になってきて(ここのとこは特にそういう時代かも。)で、わっちの10年後なんかを想像しろと言われたりなんかするから、25歳で大体結婚して、子供衆 2人は産んで…30になりんしたら家買って…そのためにはお金が必要で…お金を増やすにはまず財テク…では、目の前にある青木さんのわかりやすそうなマンガでも買おうか、みたいな。人生設計と金策を考えるだけで、1日1日が過ぎていってしまうような、そんな気がしんす。

 正直、おもしろうありんせんと思ってしまいんす。わっちの10年後?そんなのわかるわけありんせんではん。こなたの世の中で。入った会社がつぶれるかもしりんせんし、5年後に東海地震が来て、本朝経済崩壊なんていう事態が起こったら、正直結婚とか、マイホームどころではないでありんしょう。あ、今はまだあまり考えたくないけど、わっちが不慮の事故および、病気などで死ぬ可能性もあったんでありんした。つまるところが 、10年後なんて考えらりんせんし、正直、予測するにも限界があるし、知るか!といわすのが今のわっちの心境でありんすぇ。
 でありんすからといって、投げやりに、寅さんのような生き方をするわけにもいかないでありんすぇ。まことに手数時代でありんすぇ。 わっちみたいなヒネクレ者には。

 確かに、お金は大事でありんすぇ。 アイフルのしょーもないお涙ちょうだいCM(今春から都市圏に上京する、一人暮らしの大学生の皆さん、あんなCMに引っかかってはいけんせん)が言うまでもなく大事でありんすぇ。 でもな、たまに、お金のために生きてるのか、生きるためにお金が必要なのか、さらに言えば、なんのために生きるのか、って事ぐらいは考えられるような時間がないと、死ぬまでお金のことだけ考えて生きるような、そんな人生は嫌だなと、若いみそらで考えんした。まことに青いでありんすね。以上、終了。



mixi日記をこちらのサイトで花魁ことばに変換させていただきましたグッド(上向き矢印)Thanks!
タグ:花魁 本屋
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2007年01月22日

少し振り返るいささか暗い過去の事

 最近、ふと過去のことを思い出す事がある。

 朝、学校に行くときにふと空を眺めたときとか、放課後に、ちょっと手持ち無沙汰になった時、あるいは寝る前、ベッドのよこのスタンドで自分の好きな文章を読みながら・・・今日もテスト勉強を少しだけさぼりながら(笑・今からまたやります)ふと思い出してみる。

 自分が今まで一番つらかった時期、周囲の人は、たいてい「気にしすぎ」「気の持ちよう」「がんばれ」と言っていた。その言葉は当時の私に対して、精神的なケアにはなっていなかったのだと思う。その言葉を発した人が悪いのではなく、その人が発する言葉そのものに効果がないと言う感じだ。
 簡単に言うと、捻挫をしている患者に風邪薬を処方しても何の効果も無いのと同じことだ。

 周囲の人々が、その言葉をかけてくれたやさしさや心配は切に理解できたし、その意志を無碍のものにするような事はしたくなかった。しかし、それは、当時の私に伝わって、具体的に効力を発揮する言葉というものではなかったのだ。現に、自分が立ち直れていなかったから。

 内実の伴った言葉は人に働きかける。そうでない言葉はただのアナウンスの繰り返しと同じで、決して人を変えない。

 私はそう言われること自体が苦しかった。苦しくて苦しくてどうしようもなかったときに、私が一番大好きな作品と出会った。
 今の自分がなんとか人間としてやっていけてるのは、この作品と出会った事が大きい。あまりべた褒めするのは宗教勧誘のようなので避けたいし、皆が皆この方法で立ち直れるとも思わない。ただ、私の場合はそうだった、というだけだ。

 なぜこの作品が私を変えたのかいまだにわからないけれど、多分それを探すために生きている、のかもしれない。



 苦しかったときに不可解な言葉があった、今でも不可解だと思うのは、

「みんなそうだよ」「みんなそれぐらいがんばってるよ」

………みんなって、どこにいるんだ?
「みんな」って大抵、自分+その周囲の人せいぜい5〜10、20人ぐらい、もしくは自分が属しているサークルとか職場ぐらいの人々でしかないような気がするんですが?

 この言葉を姉から言われたりすると、言いたい事はわかるのだけれども「う〜ん…微妙…」と、不快感が残る。

 それは、何故かというと、これまで自分が学校と折り合いがつかなくて苦しかったこととか、友人関係が苦しかったりしたこと、これまでの自分をつくってきた全てのつらい物事、そして、その出来事からの呪縛をなんとかして自分なりに消化しよう、という思考を獲得するまでに至るまでの、途方もない道のりが、その言葉によって全て無化されてしまうような、無力感を私は覚えた。同時に、この言葉は危険だと思った。

 いや、ほんとに、「みんな」ってどこにいるんだ?

「みんな一緒だからがんばれ」と言いながら、そのくせ、「個性を持て」とか言う人がいっぱいいるんだから、こんな矛盾にさらされたメッセージしかない中で、あるのかないのかもわからない、未来に向かって毎日お尻叩かれてたら、そりゃ矛盾にさいなまれて、若者や子供が鬱になっても仕方がないよな、とも思う。
(そういえば確か、村上龍のエッセイ本の中に、個性化を強制するという矛盾、という題がついたエッセイがあった。我ながらうまいタイトルだな〜、と思ったものだ。本当にそう思う。)

 自分は、少なく見積もっても多分15年ぐらいは先だと思われるが(笑)たとえ子供ができても、この言葉に苦しんできた私は、「みんなやってるからお前も(無批判に)やれ」とは、言いたくない。

 その言葉は、一種の残酷性を帯びていて、その人が自分を肯定する機会すら潰す可能性があるから。



この記事が、同じような経験をした方のなにかの参考になれば、幸いです。
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2006年12月28日

遅ればせながらメリークリスマス、そして良いお年を。

遅ればせながら、更新です。

今年もいよいよ年の瀬となりました、早いものです。
クリスマスが終わったら即年末の雰囲気なので、のんびりや(といえば聞こえはいいけど…つまりはとろいってことですな)の私としては、せわしないなぁ、と思います。

mixi日記では25日に更新していましたが、ブログのほうの更新が遅れてしまいました。
25日は大阪・梅田のスカイビル、空中庭園の下でやっていた、ドイツマーケットまで行って、そこでクリスマスを過ごしてました。
ソーセージやスープが洋食風の味付けで、とても美味しかったです。
かなりの人手でしたので、ネット界隈でも行かれた方は、ひょっとしたらかなりいたかもしれませんね。

写真は、ドイツマーケットに飾られていた、大きなクリスマスツリーです。

301159159_157.jpg









このブログを見てくださった方、リンクをして下さった方々へ、今年はどうもありがとうございました^^

自分は、この一年本当にいろいろなことがありました。良いことも悪いことも同じぐらいあって、結局わかったことは

「人生は勉強だ」

という至極当たり前といえば当たり前のことでした。
自分でもなんだそりゃ???って感じなんですが。

ではでは、皆様も良いお年をお過ごしくださいませ。


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2006年09月18日

黒い喪服

高校生の頃、とても大好きな絵があった。

その絵は、はたから見ると、果たして絵と呼んでもいいのか、わからないぐらいに不気味な色合いで、人物を描く線は漫画じみていて、フツウに取り出して他人に見せるにはあまりにも歪で、怖い絵だった。

でも、そんな不気味な絵でも、自分の宝物だった。間違いなく。

今から思うと…その絵に描かれていた人物は、おそらく自分だったのだろうと思う。
檻の前に力なくもたれて、半開きにされた口は何かを言い出したいのに言い出せない言葉がつっかえているかのようだ。

背景は暗く、重い。描かれた人物が着ていた服は、まるで喪服のような黒。暗い、内蔵じみた鈍い赤色と、すべてを飲み込む真っ黒な色だけで、その絵は着色されていた。


今はもう手元にはないはずなのに、私はその絵のことをよく覚えている。手に取るように思い出せるのに何故かはっきりしないけど、よく覚えている。
その絵はもう、本当にどこにも残っていない。
パソコンのハードディスクの中にも、ファイルの中にも、本の中にも、どこにもない。


なぜ手元にないのかと言うと、私は、その絵を「葬った」からだ。

もういらないんだ。そう決めたから…全部捨てた。今の私にはこれは必要ないのだ、と…。
いや、そんな思いを説明しようと思っても、それは現在の私が過去の私を推量してものを言っているだけで、当時の私にはそのような思いはなかったのかもしれない。
ただ、もう、この絵と一緒にいてはダメだと思った。
だから、決めた。もう、いらないんだって。今までずっと一緒にいてくれてありがとう、って。自分の身の一部がなくなるようだったけど、全部捨てた。


ひょっとしたら、自分は変わりたかったのかもしれない。
そうまでしないと変われない、と気がついたからこそ、その絵と「決別」したのかもしれない。


絵に描かれていた人物が着ていたのは、喪服のような黒いブラウスとズボンだった。
ひょっとすると、それは葬られようとしている自分自身だったのだろうか。
自分は、変わらなくてはいけないと思っていた。
どうすればいいのかわからなかった。
でも、自分の奥底にいる、自分自身と呼ぶべきものは、今の私が何を必要としているのか、何を求めているのか、そしてどうしたいのか、全てわかっていたのかもしれない。
自分が変わるためには、それまで生きてきた自分を壊し、否定しなくてはならないことがある。
時にそれを、「死」と呼ぶことがある。

死者を弔うときに着るのは喪服。
上も下も、真っ黒な、喪服を着ていた人物を自分になぞらえていた自分は、あのとき確かに、何かに絶望し、落胆し、退廃的に、投げやりであっただろう。

あのとき私は確かに転機を迎えていた。
同時にそれ相応の不安も抱えていた。
未来に希望は見えなかった。
支えすら見失って、ただ力なく、檻の前でもたれているしかなかった。

ただ、どこかでそのままでいられないのはわかっていたから・・・。

だから、空想の中で私は私自身を葬っていたのだと思う。真っ黒な服を着ながら。
たとえそれが単なる空想や夢想の類であろうとも、あの頃の自分にその絵が果たした役割は、本当に大きなものだった。
ただひとつの、本当の意味での支えと呼んでも良かったと思う。



今、現在私が好きな絵、支えとしている人物画は、あの頃とは違うけど、ちゃんとある。

一つは、人物が横を向いている。けれど、両足はちゃんと地面を踏みしめていて、廃墟の中に立っているのに、とても強靭で、強そうだ。
二つ目は、人物がしっかりと背筋を伸ばし、前を向いて歩いている。
三つ目、私が一番好きなその絵に描かれている人物は、正面切って、しっかりとした顔をして、笑っている。

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2006年06月05日

Aから始まる大事なもの その1

私の好きなものは、A(後T もかな?)で始まるものが多い。

A→AKIRA
A→Ayu


だったり。ってまだ二つしか書いてませんが(笑)

これは、この間 ブラジリアン・ガールと不器用なパウメレンセの物語 の、palmeirense さんから頂いた、ありがたいTBへのお返しエントリのつもりです。
お読みしてくださっている方々にも、ちょっと前置きが長くなってしまうのですが、おつきあいしてくださると、うれしいです。

(内容少しだけ改変しました)More…
posted by 鉄1 at 01:44| Comment(0) | TrackBack(0) | MYSELF | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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