2006年04月27日

Ayuで好きな曲と歌詞〜思いついた範囲でその1〜

テクノだいすきっ子としてはayu-mixとかREmixものも大好きるんるんるんるんるんるん
なのですが、もちろん原曲も大好きです。

SURREAL

好きなものさえも 見つけられずに
責任なんて 取りようもない


もうこの曲はイントロを聴いただけで、気分が高揚します。どんなに時間がなくても、DutyのMD内でEnd of 〜と並んでこの曲は絶対聴く、というやつです。
ライブで聴いてみたいなぁ。



End of the world


私はなんて想えばいい
私はなんて言ったらいい
こんな私の事わかろうとするなんて
君が初めてだった


この歌に関しては、この記事 でも触れていますが、
この記事を前のブログで一番最初に書いた時の、自分の心境にもっとも近かった歌かもしれない。

自分の発する言葉に意味を感じられない、誰に伝えたいのか、誰に必要とされたいのか、それを発している自分のあり方すらもわからない。

そういえばこの歌詞の「想う」って、単なる「思う」じゃなくて
「想う」なんだ。
そこにもきっとAyuなりの「想い」があるのか…。
そんな、細かい部分にも気を配っていて、何度でも楽しめるような、そんな歌詞って、私は大好き。


And then

目に見えないものを信じていたなんていつの事だろう
この頃は何もかもが見えすぎて わからなくなっている


何も見えなくて、それゆえに目に見えないものを容易に信じられるのと、
何もかもが、明確に見えすぎて盲目になってしまうのは、どっちがいいんだろう。

テレビやインターネットや、情報が発達するたびに思う、そんな、とりとめのないこと…。



大切なものひとつ見つけたら 誰にでもは教えないけどね



Ayuの見つけた大切なもの って何なんだろう。

見つけたら誰にでもは教えたくない。そんな気持ちには、納得できる。
別に、他人に教えたら損するとか、私は他人に意地悪してやりたいから教えない、だとかそういうことじゃなくて、
それはきっと、誰かが「大切」って言うから「大切」って思うのではなく、
自分自身が見つけて、自分の意志で「大切」って思えることに、意味があるのだと思うから。

苦しみも悲しみも分け合えばいいんじゃないなんて
カンタンに言うけどね そんなこと出来るならやってる


そうだそうだ!できたらやってんだよ!!この野郎!等と、若干不良少年気味にやさぐれてますが(※この記事を書いた当時は本当にやさぐれていました・笑)この歌詞は、MY STORY の About youと、重なっているテーマであると思います。

4th アルバム MY STORYの 2曲目に収録されている、About youという曲では、

人の痛みは計り知れないからね
分け合う事もなかなか難しいね



と、なっている。

And then では、

「できるならやってるもん!」

と、子供のように語気を荒くしているような感があるのに対して、

About you では、

「人同士のわかりあえなさも、ひとつの出来事として、受け止めてゆこう」

と、いうような、そんな一種の余裕を感じます。

歌詞を整理していると、この2曲には、どこか通底したものがあるように思いました。
だから2曲とも好きなのかな(笑)?



いつまでも 同じような所にはいられないと 言っていたでしょう
日が昇るその前に 二人して この町を出て行こう


どこへなのかはわからないけれど…旅立ちの予感。
もう同じ場所にはいないと決めたから?
ただ立ち止まって途方にくれているのではなくて、歩いてゆかないといけないと思ったから?

この二人、というのは、文字通り恋人同士なのだろうか?
最初にこの歌を聞いたとき、私は恋人同士がどっかにいっちゃうのかな?かけおちってやつ??(ドキドキ)なんて、勝手に邪推をしていたのだけど…。

でも、AUMKさんのブログ この記事(ナチュラルメイク) を読んでいると、たぶんそうではないんだと思う。

そうかもしれないけど、もっと深い意味も込められている…ような。

この曲はかなり好きな部類に入るので、いずれまた、さらに深く考察してみたいと思います。

posted by 鉄1 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 浜崎あゆみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月26日

私がAyuを好きになった理由。

昔から、といっても小さい頃からずっと聞いていたとかそういうわけではないけど、

浜崎あゆみ の曲ばかり聴いている。

Ayuについてはもうメディアで、過去には女子高生のカリスマだとかなんとかさんざ騒がれているので、ワイドショー的な意見はここでは話題にしたくない。
正直な話、私もそんなワイドショー的意見に惑われ目が曇って、Ayuが嫌いになった時期があったからだ。

今はそういう言説の殆どに全然興味がない。
自分自身がAyu(の曲)をどう思っているか、どう感じたのか、ということが一番大事だって思っているので、そういう意見はどうでもよくなったのかもしれない。


Ayuにはまったのは高校の頃。
evolutionをAyuが歌っているのををミュージックステーションか見て
シングル買ってみようかな?って思ったのが始まり。

今でもよく覚えている。
それからDaybreakまでアルバムもシングルも大体そろえた気がする。
で、最近また改めて、Ayuっていいなぁと思うようになったのだ。
一度興味を失ってからまた復活、という感じなので
アルバムに知らぬ間にDVDが付くようになっていたのには驚いてしまった。

でも人気以上に、聞くに耐えうる、繰り返し聞きたいという作品というのは
曲もそうだけどやはり歌詞もあるのではないかなと思う。
心情に、どこかしら深く訴えるものを持ってないと、流行を超えて繰り返し聞き続けたいとは思わないから。
ましてやこの移り変わりの激しい世の中では。

で、今また深く感じ入ってしまった歌詞はたくさんあるのですが、
ここではまず、kanariya と Fly high に限定して、ご紹介します。



kanariya

何一つとして与えようとせず
何一つとして得ようともしないまま
いつでも 理由を探した



これは、よく考えると当時の自分だったんだよね。バッド(下向き矢印)
結局どうして、そんなことしかできなかったかと言うと…。
怖かったから。
そして、臆病だったから。


声をなくしたカナリヤたちは
なけなくなったワケじゃなくて
ただ泣かないと
決めているだけなのかもしれないと…



未来の見えなさ、希望のなさに押しつぶされそうで、そして悲しみを押し殺して涙すら出なくなって最後は…。

そんな、悲しいと予感と、途中で切れた歌詞の先に、かすかな希望が見え隠れするような、そんな歌詞。

この歌詞の持つ意味が深く深くわかるようになって、自分もきっとそうなのかもしれない…と、ただ、予感だけを意識しながら、聴いていただけの何年か前の私と、今は一種の悲しみと憧憬すら感じて聴いている今の自分は成長したのだろうとは思う。
この、歌詞の最後の部分が断定で終わっていない所に、すごく、Ayuの感情の機微らしきものが見えて、それが結果的に、商業的な歌詞とは全く正反対となってるところが、本当に人間らしいな、と今の私は思っている。


Fly high

いつかまたこの場所に来ても
同じ空を同じように見て
美しいと言えるのかと
僕は考えすぎたのかもしれない


初めて聴いたときは特になんとも思わなかったのに
今聴くと、その意味がとてもよくわかる。

これは、成長の歌。そしてそこに伴う不安も歌っているのだと、今の私は思う。

最初は、ただ「空がキレイ!」って言っていればそれで満足だった。
そこにいて、ただほめたり騒いだり歌っていればそれで満足だった。
でも、しばらくして、「どうして美しいって思うんだろう」と意味を考え出すようになった。
それは、空がキレイだとわかってしまったから。
空のキレイさが、自分の中にあった、何かを呼び起こして、どこかに向かわせようとしていたから。そんな気がする。





それにしても、Ayuって、言葉にならない、なんかもどかしい気持ちを、うまくシンプルな言葉で表して、形にしてまとめているのが、本当に上手い!
文章の技巧の上手さというより、感性の圧倒的勝利とでもいおうか…。
絵で言うとデッサンの上手さというより、荒削りだけど目を引く町の壁の絵のような。
うーん、上手いたとえが見つからなくって、困ります。
いまのところ、Ayuは存在自体がAyu! としか言いようがない。 なんて安易な。ホント、言葉足らずですいません。
posted by 鉄1 at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 浜崎あゆみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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